天橋立歴史観光1 かつて丹後地方の中心地だった天橋立。絶景に隠された歴史を巡る(文殊編)

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天橋立へ

智恩寺 三門前

天橋立へは招き猫の道を右へ行ったところです。

正面の智恩寺三門への道は平坦になってますが、天橋立がある右へ進む道は、軽い上り坂になっています。

江戸時代、参道の店は左側の四軒茶屋のみで、右側には砂浜が広がっていました。軽い上り坂はその名残で、砂の堆積によって出来た高低差だと考えられます。

小天橋から大天橋へ

廻旋橋(小天橋)

宮津から船で来た時に通った廻旋橋です。橋には2カ所の切れ目があります。

回転するとき、橋同士が当たらないのかと思っていましたが、切れ目は緩い曲線になっていました。

日本三景の碑

日本三景を選んだ「林春斎」。その著書「日本国事跡考」で「丹後天橋立、陸奥松島、安芸厳島は三處奇觀」と書き記しました。

石碑は各地にあって、同じくだりが記されていますが、順番は自分のところを最初にしている様です(笑)。正しくは松島、天橋立、厳島です。優劣ではなく単に東から順に挙げているだけだと思います。。

ちなみに林春斎の父は、徳川家康のブレーンとして有名な儒学者「林羅山(道春)」です。父の方は有馬温泉、草津温泉、下呂温泉の日本三名泉を選定しています。下呂温泉で三匹の猿と踊っておられます。

日本三名泉と日本三景は数ある日本三大~で、最も古く成立したものと言われています。林親子は日本三大~の生みの親です。

天橋立の成り立ち

天橋立がどうやって出来たかの説明がありました。

天橋立を形成している砂礫は、湾外の丹後半島と阿蘇海の野田川から流れてきたものでした。宮津湾の外から湾内に流れ込む海流と阿蘇海に流れ込む野田川からの流れがぶつかって、宮津湾と阿蘇海の中間地点に砂が堆積して天橋立が生まれました。

驚いたのが天橋立の断面図。海を隔てる壁の様になってるやん!

砂洲は海流によって砂が堆積したものなので、砂洲の周りの海にも砂が溜まっていきます。そのため大抵は、砂洲の周りは浅い海になっています。

それに対して、天橋立の周りはいきなり深くなっています。天橋立は東側と西側からの流れのぶつかり合いで出来たため、砂礫が高く厚く堆積していきました。世界的にもかなり珍しい砂洲とのこと。

大天橋

南砂洲と北砂洲にかかる大天橋。あいにく修理中でしたが、渡ることは出来ました。

仮に渡れなくても、船で行くことも出来ます。宮津桟橋発の船は一日一便だけですが、天橋立桟橋(智恩寺の近く)~一の宮桟橋は30分毎に運航しています。

そもそも、昔は橋が架かっていなかったので、船で行くしかありませんでした。

この先にその名残の場所があります。

天橋立神社

天橋立神社

大天橋を渡り、松林をしばらく進むと左右の分かり道が見えてきます。そこを左に進むと天橋立神社があります。

鳥居も手水舎もなく、いきなり本殿です。普通は何カ所かの鳥居をくぐり、手水舎で手を清めて、一番奥の本殿にたどり着くという流れです。

これは一体どういうことでしょうか?

手水舎「磯清水」

手水舎は本殿の前をスルーした真横にありました。どういう位置にあんねん!。

それはさておき、この手水舎は、不思議な事に海に囲まれている土地なのに、真水が出る不思議な井戸となっています。

平安時代から湧き続けているようで、和泉式部も訪れています。

和泉式部の和歌
橋立の 松の下なる 磯清水
都なりせば、君も汲ままし

今は飲用には適さない様で、手洗いのみの使用となっていました。

天橋立神社

お参りを終えて振り返ると、参道が真っ直ぐ伸びていて、向こうの方に鳥居がありました。

どういうことでしょうか? 天橋立は一本道のはずです。この参道はどこからきたのでしょう。

天橋立神社

参道の先には鳥居があり、その向こうは海があるだけでした。何故、参道の入口が海からなのでしょうか?

これこそが天橋立の昔の名残です。

江戸中期ごろまでは、天橋立の南端がこの場所だったのです。その頃は、南砂洲も無く船で連絡していました。

この辺りに港があり、天橋立に踏み入れる最初の場所だったのです。

当時の天橋立観光は、智恩寺を参拝し、船で渡り、天橋立神社をお参りしてから北側へ向かうというのが一般的なルートでした。

天橋立に国府があった古代では、天橋立は江戸時代の頃より短かったため、阿蘇海の港から外海へ出るのに不便ではなかったのでした。

しかし、徐々に天橋立が南の方に伸びて行ったため、大型船が入りづらくなり、直接外海と繋がっている宮津港の方に移っていったわけでした。

地形の変化によって発展する場所が違ってくるというのは、本当に面白いです。

天橋立

この先もひたすら松林が続きます。自転車で走るとめっちゃ気持ち良かったです。

天橋立

真ん中あたりまで行くと、幅が細くなり両側に海が見えるようになりました。

橋でもない陸地の両側に海があるって、なかなか珍しい景色です。

振り返って撮ったので、左が宮津湾、右が阿蘇海になります。

天橋立 砂浜

宮津湾側に出てみると砂浜が広がっていました。砂浜は等間隔で美しい弧を描いています。

夏は海水浴で多くの人で賑わうようです。天橋立に海水浴のイメージが無かったので、真夏の天橋立も見てみたいですね。

この日は6月下旬だったので、海開きはまだでした。

天橋立 阿蘇海

面白いことに阿蘇海側には砂浜が全くありません。

阿蘇海は天橋立によって閉じられた海なので、波が全くありません。波が無いので砂が海岸に打ち寄せることがなく、砂浜が形成されないというわけです。

一ヶ所で二種類の海が見られるのも天橋立の面白いところ。

天橋立 府中側入口

自転車をこぐこと約15分、天橋立を抜け府中側の出入口に到着しました(本当は観光しながらなので、もっと時間がかかっています)。

次はいよいよ古代丹後の中心地、府中エリアの観光をしていきたいと思います。

府中編に続く(現在、執筆中)。

天橋立巡り文殊編 Googleマップ

天橋立へのアクセス

公共交通機関🚃🚌
・宮津桟橋経由
 京都丹後鉄道宮津駅下車 徒歩15分ほど
・直接天橋立へ
 京都丹後鉄道天橋立駅下車

車🚗
・宮津桟橋経由
 京都縦貫自動者道宮津天橋立ICから5分ほど
・直接天橋立へ
 京都縦貫自動者道宮津天橋立ICから10分ほど

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この記事を書いた人

著者;どらきち。平安京在住の地理、歴史マニア。 畿内、及びその近辺が主な活動範囲。たまに遠出もする。ブラタモリや司馬遼太郎の「街道をゆく」みたいな旅ブログを目指して奮闘中。

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