文殊エリア

天橋立乗船場で下船しました。
天橋立の観光地は、大きく分けて南側の文殊エリアと北側の府中エリアになります。
まずは南側の文殊エリアから見て回ることにしました。
飛龍観(天橋立ビューランド)

天橋立は見る方向によって全く異なる姿を現します。東西南北、それぞれから見る景観を天橋立四大観と呼んでいます。
今回は南側の飛龍観と北側の昇龍観に行きました。西側の一字観と東側の雪舟観は、車が無いと行くのが難しいのでパス。
飛龍観へはモノレールとリフトで登ることが出来ます。天橋立駅から最も近い展望スポットなので、天橋立眺望では定番のスポットです。飛龍観は何回か来たことがあります。

山頂駅に到着。
黒光りするシックなモノレールと天橋立の組み合わせが良さげで、とりあえず一枚。モノレールの色が赤とか白やったら、モノレールの方が目立って台無しやったやろな。

何度見てもカッコイイ天橋立。
右側にある等間隔のビーチカスプは龍の背ビレ、くびれたフォルムは龍がのたうっている様です。自然の造形美を何かに例える人間の想像力は、景色の面白さ美しさをマシマシにしてくれます。
よく見ると、左右で海の色が違っています。何故でしょうか?

左側の阿蘇海は天橋立で隔てられた内海のため、汽水湖になっています。栄養分が豊富で、多くの植物プランクトンが生息しているので、緑がかった薄い青色に見えます。
これまで訪れた周りを山に囲まれた湾や入り江と同じく、こういう地形は貝類にとっての理想郷。御多分にもれず、牡蠣が名物になっているみたい。
イワシも名産らしく、植物プランクトンをたらふく食べて脂がのった「金樽イワシ」は、絶品とのこと。
国府があった頃は、阿蘇海の北側に港がありました。天橋立のおかげで波が少なく港に最適な場所でした。しかし、外海へ出るのに、大きく南側を迂回しなければなりません。そう考えると、あまり良い立地とは思えません。
その謎は、天橋立の中にありました。後ほどそれが分かる場所に行ってみます。

一方、宮津湾は濃い藍色の海が広がっています。湾の向こうは外海の日本海と繋がっているため、海水の循環が良く、プランクトンは少なめです。
外海と繋がっている宮津湾には、一年を通して色んな回遊魚の出入りがあります。回遊魚にとって宮津湾はホームでもあり、一休みする餌場でもあり、稚魚を育てる保育所でもあるのです。
隣同士に様相が全く違う海を2つも持っているというのは、かなり珍しいと思います。これも天橋立があってのこそ。
そんな天橋立を上から見下ろすなど失礼すぎるので、多くの人は感謝の意を示すため、頭を下げて股の間から天橋立のぞき見ていました(笑)

展望台からは、さっき船に乗り込んだ宮津の町並みも見えました。
左右の山に挟まれた狭い空間に、建物がひしめき合っています。市街地は中心を流れる大手川によって形成され、川を中心に扇状に広がる典型的な扇状地になっています。

天橋立の根元の部分に注目です。
左下のところには天橋立駅があり、その少し上の緑に囲まれたところには、天橋立の代表的観光地の一つ「智恩寺」があります。
今、天橋立の展望と言えば、この南側からの景色が一般的ですが、江戸時代は北側からが定番でした。
それは地形に関係しています。江戸時代、南側は今と全く違う景色だったのです。どう違っていたのか、その名残があちこちに残されていました。
どん淵池

リフト乗り場のすぐ近くに、沼の様な池の様な、なんともいえない水辺がありました。
前に来た時は、全く気付きませんでした。
知ったのはプラタモリの天橋立編で、この池に天橋立の地形の秘密が隠されていたのです。

近くには案内板があり、プラタモリで紹介されたことが書いてあります。にもかかわらず、辺りには筆者以外誰もいません。ここ天橋立やで? テレビで紹介されたんやで?
かつてのどん淵池は、孤立した池ではなく、海と繋がる入り江だったのです。智恩寺の辺りは海に突き出した岬の様になっていました。
どん淵池の周りには、伊根町の様な舟屋が建ち並び、海に出て漁をしていたそうです。

今、天橋立の玄関口となっている文殊地域の多くは、埋め立てによって出来た土地だったのです。
どん淵池は埋め立てから逃れ、当時の海岸線の面影を残してくれています。
よく見ると、水路の様なモノが線路の下をくぐり向こう側に抜けています。

きちんと整備された水路が続いていました。どこまで続いているのか気になるので、追いかけてみます。

ここで府道2号線の下をくぐりますが、その先は…

ショック! 暗渠になっていました😢
きっとどっかで出て来てくれることを信じて、先へ進みます。
ちなみに右側が岬のようになっていたところで、智恩寺があります。

出てきたー! また会えると信じていました。
ブラタモリでもここまでは紹介していなかった。より深堀出来てめっちゃうれしい。

最後は海に辿り着きました。
一見、池から流れている川の様でしたが、今も、海と繋がる入り江になっていました。
ということは、どん淵池は海水なのでしょうか? 気になりますが、舐めてみる勇気はありませんでした(笑)
地形の違いはここだけだけではありません。江戸時代、天橋立は今と全く違う形をしていました。
天橋立に行く前に智恩寺を参拝していきましょう。
