室津牡蠣

道の駅で食べた室津牡蠣です。何故か街道をゆくでは登場していませんでした。
室津は牡蠣の養殖が非常に盛んで、周りの山々や近くを流れる千種川、揖保川から豊富な栄養分が流れ込んだ海で育った牡蠣は丸々と大きく太り栄養満点で甘みたっぷりとのこと。
実は室津での牡蠣の養殖の歴史は意外に浅く、1998年(平成10年)に始まった。
養殖開始当初は生産者はたった4軒だったが、今は15軒に増えており、正に宿場町に変わる室津の新しい産業である。写真に写る建物は全てが牡蠣の直売所です。
街道をゆくの創刊時点ではまだ室津牡蠣は始まっていなかったんですね。

ここはヤバいですね。牡蠣を食えとばかりの全方位攻撃をしてきて、食べずにはいられなくなってきました。カキフライドッグだけでは物足りません。
しかし、悲しいことに9月はシーズンオフのようで店がほとんどやっていませんでした。これだけ牡蠣牡蠣と言っておいてそりゃないで😢。
大丈夫です。抜かりはありません。来るとき、町の入り口付近にあったレストランは営業中でした。左側の津田宇水産のレストランです。
津田宇水産

室津に入る手前にあるレストラン。津田宇水産の漁師さん自らが経営しています。
そんなん旨いに決まってるやろ。
店内は南欧風をイメージしたフードコートって感じ。小物系はレジ横のショーケースに並んでいて、店員さんに取り分けてもらいます。パスタなどのメインはレジで注文し、出来立てが食べれるようになっています。

メインは牡蠣のパエリア、付け合わせとしてジュレがのった焼き牡蠣をもらいました。
久しぶりの焼き牡蠣は美味しかった。何のジュレか忘れるくらいに(笑)。ジュレはなくても良い気が。
パエリアの方は牡蠣が縮んでいますが、その分他の魚介類がたくさん乗ってるので十分満足。特に海老は頭から全部食べれて、めっちゃ美味かった。

何よりも、この景色を見ながら食べられるのが、満足感を爆上げしてくれている。
屋外の飲食スペースもあって、海に張り出した左側の空間がそう。やはり人気があって、満席になっていました。
再び室津の町に戻って、次は本陣跡に行ってみましょう。
本陣跡

本陣は残っていませんでしたが、石碑を幾つか発見しました。
「街道をゆく」では本陣屋敷の様子を
「城楼の蔵を備えた堂々たる破風造りの二階建ながら、壁は落ち、大屋根は波打ち、なんともすさまじい落ち崩れようながらも、歴史の残映を平然と白昼の路上に取り残させているあたり、室津という町の凄みといっていい」と描いています。
建物は取り壊されてしまい、もはやその凄みは失われてしまったようです。
姫路藩御茶屋跡

本陣跡の近くで、朝鮮通信使の接待に使われた姫路藩御茶屋の石碑を見つけました。
朝鮮通信使とは朝鮮から日本へ派遣された外交使節団のこと。室町幕府の足利義満から始まり、江戸末期まで行われていました。
室津は姫路藩の領地だったため、寄港の際は姫路藩が接待にあたっていた。朝鮮通信使にとっても室津は風待ちの重要な港で、必ず立ち寄っていたとのこと。
元々は、姫路城で有名な池田輝政が室津での休息のために建てたらしい。
石碑には当時の屏風絵が描かれていて、室津は日韓外交の一翼を担っていたという誇りが、石に刻み付けられているかの様。

姫路藩御茶屋跡は、みなと茶屋という喫茶店になっています。
ネットで調べたとろ、地元の方のボランティアで営業されているみたいで、地元の人の憩いの場にもなっているとのこと。
朝鮮通信使の接待という大仕事を終えて、今は地元密着の店として静かな余生を過ごしている。
この付近にはかつては廻船問屋が数多くありました。その中で僅かに残っている建物を利用した資料館があるので行ってみる。
