生野銀山歴史観光2 江戸から明治へ、銀山と共に発展し続けた鉱山町を巡る 銀山編

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金香瀬旧露頭群跡

生野銀山

坑道の上にも露天掘りの跡があるので見に行ってみます。

山を2つにぶった切った採掘跡は圧巻でした。

太郎羅茂(たろうらも)

GINZAN BOYZがこんなところにも!

よく見ると岩肌に無数の線が入っています。これは仕事の合間に作業の安全を祈って掘った跡とのこと。仏像をイメージして彫ったのかもしれません。

太郎羅茂(たろうらも)が掘った岩は必ず仏像になり、生野のミケランジェロと呼ばれているらしい。

いつの日がここに巨大な石仏が出来る日がくるかもしれない(笑)。

滝不動

坑道入口のちょうど真上には、小さな社がありました。

滝不動は織田信長や豊臣秀吉の時代からあったそうで、坑内安全と鉱業の繁栄を祈られてきました。

生野代官金香瀬番所跡

しばらく歩くと、古い門が見えてきました。生野代官金香瀬番所とあり、右横に建物があったのような形跡が残っています。

金香瀬旧露頭群跡

天を衝く立つように立つ岩山。道は巨石群に分け入るように奥へ続いていきます。

金香瀬旧露頭群跡

垂直にそそり立つ圧巻の岩山。この辺りはどこを見ても岩山や巨石だらけで、さすが世界を席巻したの大鉱脈って感じ。

慶寿ひ

細い道が岩と岩の間を縫うように登っています。

自然に出来た溝に通した道かと思いましたが、案内板には徳川時代の露頭採掘跡とありました。

これが江戸時代の採掘跡? ってことはこれを人力で掘ったってことか!

マジで凄いな。

慶寿ひ

ここは完全に岩山が真っ二つに分断されています。

案内板によると慶寿ひは生野銀山最大の鉱脈、千珠ひの一部で非常に品質の高い銀を産出しました。織田信長の時代から江戸末期まで300年間休むことなく採掘され、地下200mに達していたそうです。

ただ銀を手に入れるために、人力でこんな途方もないことをやってのけました。

一つの鉱石が地形を変え人の手から手に渡り世界中を席巻した。銀山を見ていると人の認知革命を目の当たりにした気分になりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

生野銀山巡り銀山編 Googleマップ

生野銀山へのアクセス

公共交通機関🚃🚌
JR播但線生野駅下車後、タクシーで10分ほど。

車🚗
播但連絡道路生野もしくは生野北ランプから車で10分ほど

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この記事を書いた人

著者;どらきち。平安京在住の地理、歴史マニア。 畿内、及びその近辺が主な活動範囲。たまに遠出もする。ブラタモリや司馬遼太郎の「街道をゆく」みたいな旅ブログを目指して奮闘中。

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