備前おさふね 刀剣の里

「備前おさふね 刀剣の里」は長船観光のメインとなるところ。
備前長船の歴史や刀工の技術、長船で作られてきた刀の展示がされている博物館です。
敷地内には博物館だけでなく、鍛刀場や刀剣工房もあります。備前長船日本刀傳習所の刀鍛冶の仕事は、あくまで刀身作りです。日本刀の完成まで、刀身への彫刻、鍔や鞘作りなど、まだまだたくさんの仕事があります。それらの製作風景を見学する事ができます。

まずは博物館の方から見て回りました。当然の如く、刀剣乱舞のキャラパネルが設置されていました。
福岡一文字作の国宝「山鳥毛」。上杉謙信の愛刀で、数年前に瀬戸内市が5億円で購入!。ここ備前長船刀剣博物館で年1回の限定展示が行われており、たまたま運よく展示期間中に訪れることが出来ました。
国宝にもかかわらず写真撮影OKだったので、後でその真の姿をお目にかけます。
「刀剣の世界」コーナーでは、備前長船の歴史や日本刀の基礎知識等の解説がされていました。その中で興味を引いたのを紹介します。

五ヶ伝。簡単に言うと、日本五大刀剣生産地ですね。
奈良の大和伝が日本最古の産地。一度廃れてしまったせいか、奈良に刀鍛冶があったとは初めて知りました。
山城伝と言えば、刀剣乱舞の看板キャラクター、三日月宗近が有名ですね。刀剣乱舞はやってないですが、宗近だけは知ってます。
美濃伝は日本一の刃物の町、関市が有名です。現在も続いており、関孫六は家庭用包丁のトップシェアブランドになってます。
神奈川県の相州伝は、誰しもが知る名刀を生み出しました。名刀「正宗」。古くは日本酒の銘柄、現代ではゲームやアニメに引っ張りだこですね。

ここはやはり備前長船なので、備前を持ち上げていきます(笑)。
平安中期~室町時代、刀工の数は備前がダントツの1位だったようです。更に国宝、重要文化財に指定されている刀剣のうち、4割以上が備前の刀とのこと。
何故、備前が日本一の刀鍛冶の里になっていたのでしょうか?

その答えは、長船の位置にありました。
① 長船の北にある中国山地では良質な砂鉄を採取することが出来たこと
② 吉井川の水運により、原材料の調達や刀剣の出荷が容易だったこと
③ 近くの備前福岡は西日本一の商業都市で、活発な情報交換により備前刀の知名度が広まったこと
次はいよいよ備前長船で作られた名刀とご対面です。初心者でも分かる様に刀剣鑑賞のポイントが解説されていました。これを読めばあなたも刀剣鑑定通に。

日本刀は大きく分けて、太刀と刀の二つに分類されます。
太刀は平安~室町時代に作られ、長くて反りが深く大きい(長さ60㎝以上)
刀は室町時代以降に作られ、太刀より短く反りが浅い(長さ60㎝以下)
るろうに剣心の剣心と縁のバトルで太刀と刀の話がありましたね。剣心が使っているのが刀、縁が使っているのが太刀でした。
博物館では、太刀は刃を下、刀は刃を上にして展示されているとのこと。この日本刀は太刀であることが一目でわかります。

今度は刃が上にあるので刀ですね。
次に重要な鑑賞ポイントが、地金と刃文です。

さっき訪れた、備前長船日本刀傳習所で教えてもらった折り返し鍛錬で出来た3万以上の層は、刀身に地金という模様になって現れます。

解説には見どころが多い地金とありますが、素人目にはよく分かりません~。
とりあえず、「この地金は良いね~」とか言っておいたら通っぽく聞こえるとありました(笑)。

刀身に土を塗って、熱し水で冷やす時、刀身に波の様な文様が生まれます。
刃文は日本刀の切れ味に影響しており、刀匠は刃文の出来で日本刀の良し悪しを判断しているそうです。

刃文を見る時は、刀身にスポットライトが当たる位置で見るのがコツとありました。確かにそうすると、明らかに刀身に文様があるのが分かります。写真は全て、刀身にスポットライトが当たる様に撮影しました。
清光の刃文は一直線ですが、祐永の刃文は凹凸のある山の稜線みたいになってますね。
刃文は地金と違って素人目でも分かりやすいです。
全部の展示品を載せると膨大な数になるので、筆者的に目を引いたものをピックアップしました。

京鍛冶の一人、信吉の作刀。
刃文の幅が広くなっているのが信吉派の特徴とのことで、ゆったりとした大きな波の様な刃文になってます。

鎌倉時代の刀工・正宗の流れをくむ網廣の作刀。正宗の末裔である廣正が、相模の戦国大名「北条氏綱」から綱の一字をもらい受け、網廣と改名したのが始まり。その後も代々、網廣を名乗っており、現代も続いているとのこと。
マジで!正宗の子孫がいるって衝撃的やわ。調べたところ、鎌倉にある正宗工芸美術製作所がそうらしいです。いつか行ってみよ。
刃文は皆焼という文様で、まるでアメーバみたく素人目にも面白さが分かりやすいです。
ここは備前長船やのに、正宗に興奮してしまった。ゲームに慣らされた身としては、備前長船より正宗の方がレア度が高いことが多いので、つい。

次は美濃伝です。関には兼元を名乗る刀工が多くいるらしいですが、その中でも2代目の関孫六兼元が有名です。
刃文は幅が狭く、凹凸は低いのと高いのが三つずつ規則正しく並んでいます。この刃文を「三本杉」といい、孫六兼元が創始したそうです。

太刀なので古い刀剣だと思ったら、作刀は平成8年とありました。現代の日本刀やん!
平安時代から現代までの日本刀が展示されていますが、素人目には違いは全く分かりません。約1200年間、何が進化してきたんでしょうか?
同じ武器でも鉄砲だったら、戦国時代の火縄銃と現代のライフルの違いは一目で分かります。それは殺傷能力を高める方向に進化してきたからでしょう。
しかし、日本刀は単なる武器ではありません。神社への奉納品であったり、鋼の芸術といわれる美術品であったりと文化的な価値が重んじられてきました。
文化的価値を高めることは、機能性を高めることよりも難しいことかもしれません。
次はいよいよ国宝「山鳥毛」とご対面です。っていうか、ホンマに国宝をブログに載せてもええんかな😦💦
ええい、ままよ!

真剣なまなざしで見つめる刀剣女子に囲まれた山鳥毛。筆者はその張り詰めた空気感に混ざって、全集中の呼吸を使います。
国宝という言葉にそう思わされているのか、なんか今までの刀よりもカッコいい感じ(語彙力↓)
特に刃文が派手な感じで、刀身を上下に乱れています。その名も、刃文「重花丁子乱れ」と名付けられています。
めっちゃかっこええやん! マジで技名みたいや。山鳥毛を装備したら使えるんかな。

山鳥毛は鎌倉時代、福岡一文字の作刀。刀工の銘は刻まれてはいませんが、この時代の福岡一文字派の最高技術と美意識の結晶だと言われています。
山鳥毛の名を刀剣ド素人にまで高めているのは、その持ち主。戦国の名将「上杉謙信」とその養子「上杉景勝」です。その後も米沢藩上杉家に代々受け継がれ、昭和の時に、上杉家から岡山県在住の個人愛刀家に渡ったと言われています。
山鳥毛がこんなにカッコイイ刀とは…。上杉謙信が山鳥毛を振るってる姿なんて絵になり過ぎやん。

鍛刀場では玉鋼を打ち延ばす古式鍛錬の作業を見ること出来ます。観覧には予約が必要とのことでした。
建物は昔の鍛錬場を模していて、火を使うため屋根から煙突が伸びています。昔の備前長船には、こんな建物がたくさん立ち並んでいたのでしょう。

こっち建物では、日本刀の鍛造以外の作業工程を見ることができます。
それぞれの担当職人は一つを専門にしている人もいれば、幾つかを兼任している人もいるらしいです。
刀匠が刀身を完成させた後の工程を簡単に説明すると、
研ぎ師が刀身を研ぐ。切れ味はもちろん、曲線美や地金、刃文の美しさに磨きをかけます。
彫金師が刀身に彫刻を彫る。刀身に仏様や花鳥風月、漢詩、和歌等を彫り、芸術性を高めます。
白金師が鎺(ハバキ)を作る。鎺とは刀身の鍔のところにある金具のこと。刀が勝手に鞘から抜けるのを防ぎ、刀身は鞘に触れない様にする重要な部品です。
鞘師がそれぞれの刀に合った鞘と柄を作り、鍔工が鍔を作り彫刻を入れます。
柄巻師が柄に鮫皮を張り紐を巻き付ける。柄を補強や握りやすさ、滑り止め効果を出します。
これで、ようやく日本刀の完成です。
日本刀が武士の魂というのもうなずけますね。槍や弓、火縄銃など他の武器とは違う特別感がある気がします。しかし、精神性や芸術性が高まり過ぎて、武士の魂は近代兵器にも打ち勝つみたいな意味不明な観念が出来てしまったのは、いただけないですが。
次は、この付近にあった城跡や武家屋敷跡を見に行きたいと思います。宇喜多さん出番ですよ~。
