三木露風生家

龍野城の埋門からすぐのところに三木露風の生家がありました。三木露風って誰やねん?って思いながら、拝観は無料なので入ってみました。
室内には童謡の赤とんぼが流れていた。そうか、三木露風は赤とんぼの作詞者やった。
冒頭の姫新線の車両やたつの市のゆるキャラが赤とんぼであった理由が分かりました。
三木家は龍野藩士の家系で、祖父の三木制は寺社奉行を務めており、明治後は龍野町の初代町長となった人物。かなりの上級武士だったと思われます。
三木露風は1889年(明治22年)6月23日にこの家に生まれ、6歳まで暮らしていました。

室内には露風の年表、生い立ち(露風が龍野にいた中学生時代まで)、自筆の原稿、論文が掲載された雑誌、家族構成等の説明が展示されていました。
解説は手作りで分かりやすく、露風に対する愛情があふれ出ている感じがしました。一つずつ丁寧に読んでいきたい気持ちにさせてくれます。
七歳のとき両親が離婚し母親と生き別れになったことや、最後は交通事故で亡くなったというのは初めて知りショックを受けました。郵便局から外へ出たところ、タクシーに跳ねられて亡くなられたそうです。享年75歳でした。
赤とんぼの童謡を聴くと、露風の思い出の龍野の風景が蘇ってくる様です。
夕焼小焼の 赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か
山の畑の 桑の実を 小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか
十五で姐やは 嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた
夕焼小焼の 赤とんぼ とまっているよ 竿の先
そうめん処 霞亭

次は、少し早めの昼ご飯を食べに行きました。龍野の名物といえばそうめんです。関西人はCMの「そうめんやっぱり揖保乃糸」でそうめん=揖保乃糸=龍野の三段論法で洗脳されています。
隅櫓から目と鼻の先にある「そうめん処 霞亭」は、男はつらいよの撮影地になったり、テレビでも度々取り上げられたり、そうめん店で初めてミシュランガイドに掲載された超有名店。

個人的にはそうめんは冷やしが好きですが、出汁が美味しそうな気がしたのでにゅうめんに。
にゅうめんだとコシが弱くて、のど越しが良くない事が多いですが、ここのにゅうめんはそんなことは全くなし。
大盛りしたので多少食べるのに時間がかかりましたが、最後までコシが失われていなかった。
出汁も美味しくて全部飲み干してしまいました。龍野は醬油の名産地で、おそらくそれが味の秘訣になっているのに違いありません。
お腹が満足したところで、次は江戸時代の町並みが残る重要伝統建築物群保存地区を巡っていきましょう。
