枚方宿歴史観光 川と街道と鉄道と、今も発展し続けるハイブリッド宿場町

大阪淀屋橋と京都出町柳を結ぶ京阪電車。その中間地点に位置する枚方はベッドタウンとして栄え、枚方市駅は大阪市内以外の駅て乗降客数1位となっています。

枚方の賑わいは常に交通と共にありました。鉄道が登場する以前、大坂と京都を繋いでいたのは淀川の舟運と京街道(東海道の大阪京都間)です。

江戸初期、枚方に港と宿場が築かれ、水路と陸路の両方を持つ物流センターとして発展しました。

今回は交通の形を変えながら発展してきた宿場町、枚方宿を巡ってきました。

枚方宿歴史観光 3つのポイント

  • 街道と川が交差する宿場町兼商業都市
  • 船が行き交う事で生まれた「くらわんか舟」
  • 宿場町以前の町の成り立ちを匂わす寺院群
目次

枚方宿ってどこ

冒頭でも紹介したように、京都から大阪まで淀川が流れており、その中間地点に枚方宿があります。

淀川沿いに走る京阪電車は京街道のルートとほぼ同じで、中規模の街が数珠つなぎに続いています。

かのギリシャの歴史家ヘロドトスは、「京阪間は淀川の賜物」と言ったとか言わなかったとか(笑)。

枚方市駅

枚方市駅

東海道で有名な三条大橋のたもとにある京阪三条駅から特急に乗り、30分程で枚方市駅に到着。

中間駅とは思えないくらい大きな駅で、広いロータリーまで付いています。むしろ地下駅である淀屋橋や祇園四条よりも駅として大きい。

まずは筆者の宿場町散策のお約束、町の入口にあたる見附に行きます。

京街道(かささぎ橋~本陣跡)

かささぎ橋

かささぎ橋

宿場の入口は駅の少し北側にありました。そのあたりには川が流れており、天野川というファンタジー感あふれる名前がついています。

実際、天の川からきており、川砂が白く輝いていた様子から名付けられたそう。上流にあたる交野市は七夕伝説の発祥地と言われているらしいです。

平安時代には歌枕になっており、多くの歌人が歌を詠みました。

これやこの 七夕つめの 恋渡る
あまの河原の かささぎのはし

鎌倉後期の女流歌人、中務内侍

天野川に架かるかささぎ橋は、鎌倉時代からあったようで、京街道はこの橋を渡っていました。ここを渡ると枚方宿です。現在は少し西側に移っているみたいです。

まさか、交野市が七夕発祥地だったとは初めて知りました。深堀していくと新しい発見があるのが歴史巡りの面白いところです。七夕の季節には色々とイベントが開催されている様なので、その時期に行ってみたいと思います。

東見附

枚方宿 東見附

かささぎ橋を渡り、少し川沿いに進んだところにかつての枚方宿の入口、東見附がありました。

すぐ近くには京阪特急が走っています。旧街道と鉄道が並行する風景は、数百年かかった技術発展の歴史を同画面上に映し出し、過去は遠いものではなく今もすぐそばで生き続けていることを伝えています。

同じ京阪間を結ぶ阪急やJRに比べて、京街道沿いをクネクネと走る京阪は江戸時代の匂いを残している気がします。

枚方宿 東見附

東見附跡の石碑と案内板が設置されていました。

当時は道の両サイドに柵で囲まれた松が植わっていたらしく、右側の方だけですがその様子が再現されています。

江戸時代のかささぎ橋

あとで立ち寄る枚方宿鍵屋資料館にあった江戸時代のかささぎ橋付近のジオラマです。

建物はだいぶ様変わりしていますが、地形や道筋、川筋などはほとんど変わっていません。

枚方宿

枚方は現在進行形で発展している街なので、あまり古い宿場町の雰囲気は残されてないと思っていました。

しかし、予想に反して、意外に多くの伝統家屋が残されていて古い町並みを感じることが出来ます。

枚方宿 八幡屋

早速、京都に帰ってきたのかと思うような伝統家屋がありました。

村年寄と問屋役人を兼任していた小野家の屋敷で、幕末に建てられました。現在でいうと町内会長と交通インフラの管理責任者ってところです。めっちゃ多忙そうやな。

その分、経済的メリットも大きかった様で、建物はケチ臭いウナギの寝床ではなく、間口が横に長ーくとられています。

枚方橋

枚方橋

しばらく進むと、道は左へカーブしていきます。なんの変哲もない曲がり道ですが、このカーブは明らかな理由があります。

それは枚方橋と書かれた石碑にありました。古いほうは、かつてあった安居川にかかる枚方橋の欄干の一部です。

向こう側にも同じような橋の欄干が残されていて、橋の位置や長さなどが想像することが出来ます。

川は昭和の頃に暗渠化され道になっています。

道が曲がっている理由は、見えなくなった川にあります。

暗渠と街道は十字路の様に直角に交わっています。橋は川に対して斜めより直角に架けるほうが、建設コストや洪水時のリスクを抑えることが出来ます。

街道が左へカーブしていたのは、橋を川に対して直角交差させるためだったのです。

宗左の辻

宗左の辻

二つの石碑が意味ありげに対角線上に並んでいます。この辺りは現在の枚方宿の中心地となっている駅前の繁華街です。

当時、この辻に製油業を営む角野宗左の屋敷があったことから、宗左の辻と呼ばれています。

ここは枚方と奈良県の生駒を結ぶ磐船街道の分岐点となっています。物流の中継地点である枚方にとって奈良方面と最短で結ぶ重要な道で、多くの行商人が行き交っていました。また途中には、磐船神社や源氏の滝(くらじの滝)といった名所があり、参詣者の往来も盛んでした。

真っすぐ行くと奈良方面の磐船街道、右へ曲がると大坂方面の京街道。

石碑はここが街道の分岐点であったことを示しています。

宗左の辻 石碑

片方は1826(文政9)年に設置された石碑。

京街道はこの地点を境に大坂側が大坂みち、京都側が京みちと呼ばれていました。まさに枚方宿が大阪と京都の中間地点の証です。

宗左の辻 石碑

こっちの新しい感じの石碑は、2004(平成16)年の建立。

江戸時代の石碑も平成の石碑も、宗左の辻を後世に伝えたいと願う人がいたことを静かに語り続けています。

また200年後にも同じ思いをもった人がいて欲しい思いました。

枚方宿

宗左の辻を曲がり、府道139号線を渡ると街道はその様相を一変させます。

街道は両側にショッピングモールの店舗が並んだ花道を突き進んでいます。マンションとショッピングモール「枚方ビオルネ」で構成された複合商業施設です。

ショッピングモールで街道を分断するのではなく、街道でショッピングモールを分断するという聞いたことがないことをやってのけています。

ここからが枚方宿の真骨頂。旧街道の宿場町を現代にアップデートさせた様な町並みが続きます。

枚方宿くらわんか五六市

現代的なショッピングモールと江戸時代を思わせる半鐘と枚方宿の文字。宿場町としての歴史を大切にしてる感じが伝わってきて良いですね~。

また、宿場町でもあり商人町でもあった歴史を生かし、月に一度の定期市が開かれています。

枚方宿の賑わいを現代に蘇らせた「枚方宿くらわんか五六市」です。

毎月第二日曜日、街道沿いに200店程の出店が立ち並びます。

筆者が訪れた日は丁度その開催日だったようで、沢山の出店が並び多くの人が街道を行き交っていました。

新旧の雰囲気が入り交じった風景。

右側手前の店は枚方で人気の喫茶店「YORKIE COFFEE(ヨーキーコーヒー)」。お店は現代的にポップで可愛い感じに周りの古い町屋に合う様に和風をプラスした感じ。

北村みそ本家

北村みそ本家

YORKIE COFFEEの隣は、1883(明治16)年創業の老舗みそ店、「北村みそ本家」。大阪市内の天満で創業し、枚方に工場を建てたのが始まり。その後、天満の店が戦争で焼けてしまったため、枚方に一本化して営業を続けているとのこと。

現代的な喫茶店の隣に老舗のみそ屋がある。古さと新しさが違和感なく立ち並んでいて、観光と日常のショッピングを同時並行してる感じが面白い。

北村みそ本家 公式ホームページへ

呼人堂

呼人堂

北村みそ本家の隣も老舗が続いています。100年を越える和菓子屋「呼人堂」。1907(明治40)年創業以来、どら焼き一筋でやってきたお店。今は栗、餅、バター、生クリーム、金柑、梅入り等のレパートリーがあるけど、全てどら焼きであることは変わらない。

この時は、普通のとバター、金柑を購入しました。どれもめっちゃ美味しかったですが、そもそもの基本のどら焼きのクオリティが高い。基本あってこそのアレンジって感じでした。次は餅と生クリームあたりを食べてみよかな。

呼人堂 公式ホームページへ

五六市の出店ラインナップはお祭りの屋台とは違い、ハンドメイド系の雑貨やローカルブランドの食料品等がメイン。普段の暮らしに結びついた地元密着型って感じ。

塩熊商店

くらわんかギャラリー

かなり歴史を感じさせる建物を発見。2階部分には虫籠窓に両端には袖うだつがあり、低い厨子二階になっている。典型的な江戸時代の町屋建築。

枚方宿でも特に古い歴史を持つ老舗「塩熊商店」。ここはその事業主である小野家の旧宅。

江戸時代中期に創業し、塩の販売から始まり、現在は瀬戸物や雑貨店の他、不動産業も手掛けているようです。

塩熊商店

すぐ近くにある塩熊商店の店舗。

枚方宿本陣跡

枚方宿本陣跡(三矢公園)

塩熊商店の向かいは公園になっていて、枚方宿の本陣はここにありました。塀や東屋、お手洗いなどが白漆喰や瓦屋根になっていて、当時の雰囲気を醸し出しています。

本陣跡

幕末の大坂行幸時には、明治天皇も宿泊されたそうです。

このすぐ近くに淀川に関する資料館があるので、一旦街道を離れて先にそっちに行ってみます。

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この記事を書いた人

著者;どらきち。平安京在住の地理、歴史マニア。 畿内、及びその近辺が主な活動範囲。たまに遠出もする。ブラタモリや司馬遼太郎の「街道をゆく」みたいな旅ブログを目指して奮闘中。

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