外村宇兵衛邸
外村繁の本家にあたる外村宇兵衛邸は他の近江商人屋敷とひと味違っていて、なんと宿泊施設になっている。
また宿泊だけでなく、「ビジネスをひと休みして、これからの商いを学ぶ宿」として、近江商人の商売のあり方を学べるプログラムの開催や街並みのガイドツアーに参加することも出来るらしい。
蔵を改造した会議室があり、口コミによると会社の幹部合宿などで利用される方も多い様だ。建物は1860年に建てられたもので、内装は趣を残しつつリノベーションされている。
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外村宇兵衛家は外村繁の本家なのだが、外村宇兵衛家も外村与左衛門家から分家した家。
江戸初期から続く本家の外村与左衛門は現在、京都でレディースアパレルや着物、和雑貨を取り扱う総合繊維会社「外与株式会社」の創業者の家系。創業は1700年(元禄13年)で300年を超える長寿企業である
外村宇兵衛家の方は呉服商を営み、全国に販売支店を広げた近江商人。4代目外村宇兵衛の時、大口取引先であった御幸毛織工場の経営を引継ぎ、高級紳士服メーカーとして知られる御幸毛織株式会社を設立した。
一つの家系から2社の長寿企業が生み出されたというのは、驚くべきことではないだろうか。その根底にあるのは代々伝わる家訓にあり、「自分の利益より他人の利益を優先すること」、「商売は目先のことにとらわれず、遠い将来のことを見通して、続けていくものである」と言う精神によるものだと言われている。
外村宇兵衛邸の庭園は直線的な木(ハンノキ?)が多数植えられておりうっすらと遠くまで見通せる。疑似的な森の中を歩いている様な感じにさせてくれる。
ここの庭園も上記2軒と同じく、勝元鈍穴流を受け継ぐ花文造園によるもの。
奥の方には小さな池が配置されており、森の中を歩いていると突如視界が広がり水場を見つけた様な気分になった。
2階の客室は和室にベッドスタイル。ベッド自体が和風な為か、和室によく調和している。窓の向こうには木々が見え、森の中の旅館の様に感じる。
土間は当時の雰囲気を残しつつ現代風にリニューアルされている。電気式かまどが可愛い。
邸内にある近江商人像。往時の近江商人はこの様なスタイルで全国を歩き回った。上記の近江商人博物館でも思ったが、肩で担ぐ天秤棒が本当にバランスをとるのが難しく、よく険しい山道を上り下りしたなぁ~と驚きしかない。
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最後に訪れる藤井彦四郎邸は少し離れた場所にあって、特に美しい建物になっている。
藤井彦四郎邸
藤井彦四郎は人工絹糸(レーヨン)を日本に広めその市場を築いた人物。
自身も1907年(明治40年)に藤井糸店(現・藤井株式会社)を創業し、軽くて膨らみのある毛糸「スキー毛糸」はヒット商品となった(現在は株式会社元廣から発売されている)。
藤井彦四郎邸は町の中心部から少し離れたところにあるせいか、4ヶ所の邸宅の中で最も広い敷地面積となっている。立派な洋風の門扉があり、入口から豪邸の雰囲気が漂っている。
右側の建物は昭和初期に建てられた総ヒノキ造りの客殿で、皇室の方々や歴代の総理大臣も訪れ歓待したと言う超VIPなお屋敷。
左側の建物は彦四郎がスイスを訪れた際、滞在したロッジを非常に気に入り、それに倣い建てられた。
しかし当時の日本の建築業者にスイスのロッジを知っているものはいなかったため、屋根は切妻屋根に赤瓦で外壁が丸太張りのログハウス風と和洋折衷になっている。
玄関を入ってすぐのところには、屋敷の説明とスキー毛糸関連の展示が。
客間に足を踏み入れた瞬間、驚愕した。今までの屋敷と豪華さのレベルが違う。
この建物は住居というより、賓客をもてなすための迎賓館として建てられたとのこと。
部屋にある扁額は、正面が第26代総理大臣・田中義一、右が第27代総理大臣・浜口雄幸の書によるものである。
反対側には、右側が第35代総理大臣・平沼騏一郎、左側が第42代総理大臣・鈴木貫太郎の扁額が。
4人もの総理大臣が訪れているのは、兄の藤井善助が衆議院議員であることも関係している。
廊下は広く、外には今までの屋敷以上の広大な庭園が。
中でも特に優雅なこのお部屋は、皇族の方々が利用された客間。
真ん中に鎮座している火鉢ですら、蒔絵が描かれて上品が漂っている。
床の間から見た、庭の景色。床窓の大きさが絶妙で、向こうの障子と庭が見える割合が計算されている。
敷地内の庭園は4軒の中で飛び抜けた広さを誇っている。
池泉回遊式庭園で池の周りには藤井彦四郎自身の構想で名木・珍石を配置してある。
今まで3回連続で勝元鈍穴流の花文造園の庭園だったが、ここは藤井彦四郎自らデザインしたらしい。
素人目でも一つ違いが分かったのが、勝元鈍穴流の特徴である飛び石が無いこと。
個人的には飛び石がある方が、風情があって好き。
庭園からの眺め。藤井彦四郎の作庭イメージでは、池の形を琵琶湖に似せており、琵琶湖大橋の位置には石橋が架かっていた。筆者は琵琶湖大橋に立って湖北側を眺めている感じ。
ってことは庭そのものが滋賀県と言うことなのだ。そう考えると、どこが大津や草津やとか妄想して、一日中いてられるわ。
しかしここで長居しすぎると閉門されてしまうので、他のところも見て回らないと。
迎賓館の隣には本宅があるので、廊下を通りそちらを見に行く。
本宅は1899年(明治32年)に建てられた。元々は少し離れた場所にあり、この場所には迎賓館を建てる際に移築した。
商人らしき人が、帳簿を付けている。この人形は展示のためかと思ったが、元は本宅にあったものらしい。
どういう事やねん?と思ったが、人形を置いておくことで、家の人間が起きている様に見せかけ泥棒除け使われたらしい。
店で使われていた看板や自転車。自転車はイギリス製と書いてあった。
五個荘は映画やドラマのロケ地としてよく使われるらしく、藤井彦四郎邸は2023年公開の映画「わたしの幸せな結婚」に使われたみたい。
元はオンライン小説で、明治大正を舞台とした和風シンデレラストーリー。機会があれば見てみよう。
2015年公開の映画「日本のいちばん長い日」にも使われたらしい。
この映画は見たことがある。太平洋戦争末期、敗戦に追い込まれた日本が、1945年8月15日の降伏までの混迷と苦悩を描いた作品。
藤井彦四郎邸は主人公の阿南惟幾陸軍大臣(役所広司さん)の自邸として使われたらしい。そこまでは覚えてないなー。
本宅の方は迎賓館と対照的にシンプルな造りになっている。
近江商人はハレの日には贅を尽くしていたが、普段は質素倹約に勤めていた。
出すところは出し、締めるところは締める。近江商人の精神を見習いたい。と言っても出す金は無いが😢
情けない話になったところで、今回の記事を終わることしよう。
五個荘 Googleマップ
左上の旅猫の左の→をクリックしますと、番号に対応した歴史スポットが表示されます。散策の際はご活用いただければ幸いです。
五個荘へのアクセス
鉄道🚃
・近江八幡駅から近江鉄道で五箇荘駅下車。約30分(八日市駅で乗り換え)
・米原駅からJR東海道線で彦根下車。近江鉄道に乗り換え五個荘駅下車。約40分
鉄道🚃&バス🚌
・JR能登川駅下車。近江鉄道バス、金堂もしくはぷらざ三方よし前下車。約10分
近江鉄道バス時刻表へ
車🚙
・八日市IC下車、約15分。
長文でしたが最後までお読みいただきありがとうございました!
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