二川伏見稲荷

宿場町といえば寺社仏閣がつきものです。幾つか巡った中で、特におススメのところを紹介します。
二川宿から少し北に行ったところに、二川伏見稲荷があります。
この神社は比較的新しく、1910年(明治43)年に京都の伏見稲荷から分霊して創建されました。
稲荷神社は全国に数多くあり、その多くの神社名は○○稲荷神社となっています。しかし、ここの稲荷神社には伏見の名がそのまま付いています。
ラーメン店とかで、本店公認とか本店の暖簾分けをPRするのと同じで、「うちの稲荷神社は京都の本家・伏見稲荷と繋がってますよ」っていう感じでしょうか。
そうなると、京都人としては本店と遜色のない味であるかが気になってきますね~。

境内には稲荷の代名詞となっている連続鳥居があります。本家・伏見稲荷をコンパクトにした感じです。
まずは本殿に行ってから鳥居ゾーンに行ってみたいと思います。

かなり新しい感じの社殿は1969(昭和44)年に建て直され、真っ白いコンクリート造りになっています。
赤くも無く、木造でも無く、檜皮葺でも無いやんかー。
文句をつけてしまいましたが、木造も檜皮葺も五間社流造も専門的技術とかなり費用が必要らしいので、地方の神社には現実的に難しい様です。
一番大切な事は様式ではなく信仰であり、神社がこの地に長く生き続けることです。本家と違うからと言って批判するのは無粋ですね。
次は鳥居ゾーンに行ってみましょう。どこまで再現されているのか、ワクワクしますね=。

入り口を見守る狐に、一直線に連なる朱い鳥居。この写真だけ見たら、普通に京都の伏見稲荷と思ってしまうくらいに遜色がない。

この二方向に分かれる感じ、マジで伏見稲荷とおんなじ。しかし、一点、伏見稲荷と違うのが参拝客でごった返していないこと。
千本鳥居の雰囲気を独り占め出来ることに、テンションが爆上がりした。好奇心の赴くままに自由に境内を駆け回り、写真も邪魔されることのない素晴らしさ。

二方向の参道に連なる連続鳥居。伏見稲荷でも特に好きな風景です。まさか二川宿でお目にかかれるとは。
マジで素晴らしいです。正に神レベルのクオリティ!

鳥居ゾーンは伏見稲荷と比べるまでもなくかなり狭い。10分あれば、全ての社に参拝することが出来るくらい。
て言うか、伏見稲荷の千本鳥居が広すぎんねん。普通に山登りやし。気軽に千本鳥居を体験するのなら、このくらいが丁度いいと思った。
この辺りでそろそろ時間もなくなってきたので、次が二川宿巡りのラストとなります。
トリを飾る岩屋観音は江戸時代からの人気景勝地で、多くの旅人が立ち寄りました。
岩屋観音

二川宿から東海道を二川駅方面に向かい、駅を少し過ぎた辺りの火打坂で道は2方向に分かれます。東海道と別れて岩屋観音に行く岩屋観音道を進みます。
この辺りには2つの山、岩屋山と大蔵山が並び立っており、それを避けるため東海道は北に迂回しています。
岩屋観音は岩屋山の頂上にあります。頂上と言っても標高は70m程なので、苦も無く登れるやろ。
と、この時までは思っていました。それがまさかあんな恐怖体験になるとは…。

岩屋観音に至る道すがらで、なんとヤギを見つけました。この辺りは岩屋緑地公園として整備され、桜の名所となっています。
ヤギがいる理由はよく分からなかったですが、春になると咲き誇る桜の木の下、ヤギがのんびりしてる美しく長閑な風景が見られるとのこと。

坂道を登って行くと、青々とした緑地の風景から、岩屋山の名前の通り荒々しい岩だらけの風景に一変。岩屋観音のある境内に入りました。
岩屋観音の始まりは730(天平2)年、行基上人がここを訪れた時、木造の千手観音を彫り岩穴に祀ったことから。
人やヤギが住む世界である緑地に対して生物の息吹が感じられない岩山は正反対の空間。こうした対比は昔からこの世とあの世の境目であり、神仏が現れやすい場所と考えられてきました。
岩屋山はその世界観にピッタリと当てはまりますね。

岩山の上に観音様が立っておられるのが見えます。近くまで登ることが出来る様なので行ってみます。

登り口とは逆側に鐘楼がありました。訪れたのは12月中旬でしたが、紅葉がまだ残っていました。
鐘楼付近にはたくさんの石仏があり、優しい自然に囲まれた日本の山って感じ。

登り口がある観音堂の方に来ると、右側には断崖絶壁の岩山が迫っていて、中国やインドの寺院の様です(行ったことはないですけど)。
てっきり、この観音堂が本堂だと思っていましたが、二川宿にある大岩寺が本堂とのこと(知らなかったので立ち寄らなかった)。
元々は岩屋山の麓にありましたが、江戸時代に移転したとのこと。そのため、本堂と観音堂が離れてしまい、観音堂と観音像は大岩寺の境外仏堂となっています。

観音堂の横の岩山には、抉られたような岩窟があり、たくさんの石仏が置かれいます。
草木が生え四季の移ろいのある人の住む世界とは違い、岩の持つ不動、不朽のイメージは真理や悟りの世界に導いてくれると考えれています。

観音堂から奥に行ったところに登り口があります。
二川宿に時間を取り過ぎたせいで、日が暮れかかってきました。
神社の場合、夕方の参拝はあまり良くないと言われています。
夕暮れ時を「黄昏時」や「逢魔が時」とも言いますが、どちらも魔物や幽霊などの怪しいものと遭遇しやすい時間帯という意味です。魔物や幽霊は比喩であり、明るかった昼から徐々に暗い夜になっていくことへの恐怖感や寂寥感です。
神社の様な神聖な感じの強いところは、より不安や恐れを感じさせやすいので、近づくのは慎むように言われてきました。
ではお寺はどうでしょうか?

仏教では夜の闇は無明といって迷いの中にいる状態を指します。しかし神社と違い、あえて闇に身を置き、その中にこそ悟りがあると考えられています。
黄昏時や逢魔が時は仏教にはない言葉ですが、徐々に辺りが夜の闇に包まれていく不安感や寂寥感にあえて立ち向かうことが悟りの一歩かもしれません。
ここまで散々と能書きを垂れてきましたが、そんな高尚なことはなく、ここまで来て引き返せるかー!。不安感?寂寥感?何それ、美味しいの?
筆者の不安は一つだけです。暗くなると写真が取れずブログにアップ出来なくなること。

暗くなる前にそのお姿を拝見することが出来ました。
観音像が建立されたのは江戸時代。吉田大橋の架け替え工事が難航し、困った大工がここの観音堂を参篭すると夢のお告げによって橋を完成することが出来たという。それに感謝して1765(明和2)年に建立されました。
それ以来、東海道の名所の一つになり、江戸時代の地元の俳人・古市木朶は
かすむ日や 海道一の たちほとけ
と詠みました。

周りを見ると、切り立った岩壁が真下に真っ逆さまです。柵はありますが、下手をすると死にますね。

写真を撮るのも恐怖です。これ以上後ろには行けません。
恐怖に打ち勝ち、前から撮ることが出来ました。本当に天から舞い降りたようで、高所に立っている恐怖など微塵も感じさせません。

岩屋山自体は70m程でそんなに高くはありません。しかし、このそそり立つ岩山の雰囲気が、実際以上に高く感じさせます。
周りには高い建物がないので景色が一望出来ます。眼下には東海道新幹線が走っています。

北側には標高106m程の大蔵山があり、岩屋山とは尾根づたいに繋がっている兄弟の様な感じです。
しかし、その雰囲気は真逆です。
森に覆われなだらかな大蔵山には展望台や公園があり、山頂に尖った岩山がある岩屋山は石仏や観音像がある。
優しいお兄さんとストイックな弟ってところでしょうか。自然の違いによって人の営みに違いが出るのが面白いです。

近くに椅子があったので少し休憩。ここで中原屋で買った「笹麩もち」と「茜もなか」を頂くことにしました。
山登りの後に食べるスイーツは最高です。
「笹麩もち」はあんこが生麩に包まれていて、柔らかな食感が良かったです。
「茜もなか」はいわゆる最中なんですけど、皮とあんこが別々になっており食べる時に皮にあんこを入れて作ります。皮がサクサクの最中って初めてでした。ちょっと一手間かかりますが、この方が断然美味しいと思いました。
お茶も飲んでほっこりしていると、大変なことに気付きました。そうです、今は黄昏時です。
早く下りないと、真っ暗になって危険度が爆上がりです。

写真よりも薄暗くなっていました。幸い、岩屋山にはクマはいないので、暗闇で足元が見えづらいという物理的な恐怖だけです。
その恐怖は科学技術が解決してくれました。スマホのライトのおかげで、なんとか下まで降りることが出来ました。観音堂まで降りた時は、真っ暗でした💦
二川駅まで行き電車に乗れた時の安心感といったらハンパなかったです。明かりがあり人がいる、暗闇と孤独に対する恐怖感は太古の昔から今も残り続けています。
この後は、浜松まで移動し、カプセルホテルで一泊しました。
最後までお読みいただきありがとうございました!
二川宿巡り Googleマップ
二川宿へのアクセス
公共交通機関🚃🚌
名古屋からで快速で約1時間(豊橋で乗り換え)、二川駅下車。
浜松から普通で約30分、二川駅下車。
車🚗
東名高速「豊川IC、浜松西IC」から約45分。

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