有松・鳴海絞会館

実は、筆者はここに来るまで有松絞りのことをまったく知りませんでした💦
絞りとあるので、北海道生絞りやキリン一番搾りを連想し、お酒の類だと思っていました。天然の名水である藍染川に恵まれていたことから酒作りが始まったのだと、勝手に解釈していました。
ここで筆者の様なアル中に、有松絞りの何たるかを叩きこんでもらいました。

糸のくくり方で様々な複雑な模様に染め上げる有松絞り。その技法は100種類以上あるとのこと。染める前の模様を形作る作業を絞りといい、そのあと、専業の染屋によって染色が行われる。その代表が藍染であった。
各染屋は東海道に沿って流れている手越川を堰き止めて、藍染の水洗いを行っていた。川の水は藍色に染まっていたことから藍染川と呼ばれるようになったとのこと。
酒造りとはまったく関係がありませんでした(笑)

真っ白な生地から絞り染めの完成までが分かりやすく展示されています。
最初は絞りと染色が結びつかず、馴染みのある生絞りや一番搾りを連想してしまった。これを見ると、本当に絞って染め上げているんやなってことがよく分かる。
しかし、どういう理屈で右の模様になるのかだろうか。ほんまに凄い技術やなー。

この絞り染めはマジで驚いた。っていうか絵画やん!アートやん!

有松絞りは頼山陽の詩文や歌川広重の浮世絵にも描かれています。
東海道中膝栗毛にも有松のシーンで有松絞りの話が出てきます。
弥次さん喜多さんが有松に辿り着くと、名物の有松絞りの店が並んでおり、色々な染地が店ごとに飾り立てていました。
しかし、お金がない二人には高価な絞りは買えないので、冷やかしの為にさんざんと高価な絞りの話を聞いたあげく、安い手拭いを買うというエピソードがあります。
弥次さんが詠んだ歌
ほしいもの 有松染めよ 人の身の
あぶら絞りし 金にかえても
筆者も高価な有松絞りはなかなか手が出せないので、弥次さん喜多さんの様にいろんな店を冷やかし廻ろうと思います。彼らは教えてくれています、「見るだけならタダだと」。

明治中期に建てられた有松絞りの店、中濱商店。元々は江戸末期に創業した山田与吉郎の建物で、2004(平成14)年から中濱商店として営業中。
中濱商店は店舗に土蔵、裏手の塀や門までが国の登録有形文化財に指定されています。

中濱商店の裏手には藍染川が流れています。当時は遊歩道は無く、川にダイレクトに繋がっていたものだと思います。
ここで藍染の水洗いを行っていたのだろうと、想像がかき立てられます。

1790(寛永2)年に絞り商として創業した井桁屋。ここも立派なうだつが上がっています。
両隣も服部家住宅で、間口の広さは有松で最大らしいです。修繕中で全体が見られないのが残念。
間口が広いため、虫籠窓も横に連続して長くなっているのが新鮮です。

ここで一つ不思議なことに気付きました。どの建物も間口が広く取られています。
江戸時代の町屋と言えば、間口が狭く奥行きがあるウナギの寝床タイプが多いです。京都とかほとんどそうです。江戸時代は間口の広さで税金をかけていたからです。言わば江戸時代の住民税ですね。
何故。有松の町屋は間口が広いのでしょうか?
それは尾張藩が有松の住民には住民税を免除にしていたためでした。
住民税を免除し有松絞りを藩の保護産業とすることで、有松は職人が集まる町となり工業都市として発展しました。

先ほど通った竹田嘉兵衛商店。最初に通った時は閉まってましたが、春夏冬中の看板が掲げられています。秋が無いので商い中ってことですかー。
せっかくなんで冷やかすだけでなく、弥次さん喜多さんと同じく手土産に手拭いを買っていこかな。あの二人が買ったくらいやしお手頃やろと思いきや、想像より桁数が1桁多かった💦
マジで人の身から油を搾り取るほどでないと買えへんのやね。結局、どの店でも何も買わずに出てきました(笑)
幸い、どの店も他のお客さんがいたので、罪悪感なく店を出ることが出来ました(思考がクズやわ)

1921(大正10)年に創業し、有松絞りの製造を行っている橋爪合資会社。
建物は明治大正らしく、2階部分が高くなり木の格子が取り付けられている。普通の民家にしか見えないのに、会社の看板がかかっているのが不思議な感じがします。
今の無機質なビルと違って、昔は会社もこういう建物になっていたんやろなー。

次はこの店に入ってみました。壁などは綺麗に塗り替えられていますが、築100年以上の古民家です。
今度は冷やかしではなく、覚悟を決めて注文をしました。

味噌煮込みうどん定食が出てきました。ここは有松絞りの店ではなくうどん屋さんだったのです。所詮、筆者は花より団子でした(笑)。
八丁味噌のスープがめっちゃ美味い。普通の味噌よりも発酵が強い感じが特に好き。ただ、この店に限らず味噌煮込みうどんのうどんはかなり固めで、関西人的にはちょっと苦手かもしれない。
麺を食べた後は、誰しもがやるはずの必須案件、スープをご飯にかけてかき込みました。安定の美味しさでした。
岡家住宅

ここも最初に通りがかった店です。最初に有松に着いたときは9時前だったので、どこも開店前でした。
岡家住宅は江戸末期の建築で、有松絞りの問屋を営む「丸屋丈助」の店でした。その後、岡家が取得しました。
岡家住宅は有松で唯一、常時屋内見学が可能な施設となっています。拝観料は無料!でした。建物保存のためにも数百円くらい払ってもいいんですけど。

中に入ると、まずは当時の店舗ゾーンです。ここで店員さんが旅人に有松絞りを見せながらセールストークをしていました。
江戸時代ってこういう販売スタイルが多く、見るだけっていうのが難しそうですね。

当時はここに販売用の有松絞りが並べられていたのでしょう。
当時の有松を描いた浮世絵が展示されています。左側の絵は尾張藩士、小田切春江が描いた丸屋丈助店先。〇に丈の店頭幕が今と一緒ですね。

土間の通路を奥に行くと作業場がありました。職人さんたちが有松絞りの製造を行っていた空間ですね。
これ以上奥には行けませんが、この奥には倉庫があり、土間の通路が製造、在庫管理、商品販売を繋げるラインの役割をしています。
天井にご注目。物凄く太い建材が使われていて、波打っている感じが木々の力強さを感じさせます。
もう一軒、屋内見学が出来るとこがあったので見にいきます。

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